のだめカンタービレ パリ国立高等音楽院

 ”のだめカンタービレ”の舞台にもなった “パリ国立高等音楽院”、パリ コンセルヴァトワール..
それは私が長年通った母校でもあります。
ピアノ科、伴奏科と学び、学生の頃から私は伴奏ピアニストとしても在籍していました。
 ある日曜日の午後、”のだめ” の撮影現場に偶然、私は居合わせたことがあります。

 毎週日曜日の午後はコンセルヴァトワールでレッスン室を予約して練習に行っていました。14時から20時まで..たくさんの伴奏譜を抱えて..
そしてあたたかいお茶のポットや、おやつにつまめる日本のおかきなどもバッグに忍ばせて..

パリ国立高等音楽院 

 コンセルヴァトワールは広々として居心地がよかった。パリの第2の家の感覚だった。
よく音楽院で練習していたから大体のレッスン室とピアノを把握していた。
伴奏ピアニストのポジションだったから時々スタンウェイがあるレッスン室もいただけて、
その時はねばって練習した..

パリ コンセルヴァトワールのレッスン室

 とある日曜日の午後、いつものようにパリ音楽院に練習に行くと、エントランス横のエレベーター付近が眩しい光で輝いている..
何やら大きな撮影機材をもった人たち、しかも日本人のスタッフさん達が階下の広いソファースペースを照らしている..
そしてある種の緊張感が漂っている..

パリ コンセルヴァトワール エレベーター前

 “日本のテレビの撮影かな?”と思いながら広々とした階下、学生が集うスペースに目を落とすと、ボブの女優さんの後ろ姿。
顔は見えないけれどある種の気迫、オーラを感じた。

歯切れのいい場面だった。
そして印象的だったのがフランス人2人、1人はチェロを担いで通行人の役をしていたこと..今でもなぜかその情景をとてもよく覚えている。2,3回撮りなおしをしていたことも。

学生たちの集いの場 椅子がかわいい

 ”何の番組かなぁ”としばしその撮影光景を眺め見納めた後、レッスン室に急いだ。
何しろその頃の私はパリ国立高等音楽院パリ地方音楽院で伴奏ピアニストを掛け持ちしていた..

CNSM de Paris 中庭

 年度末には50曲はあった。
生徒さんは6歳くらいの可愛らしい子供達から大学院生まで..
バイオリンのチューブ的なコンチェルトは大体いつも手の内にあった..
一番むつかしかったのはバルトーク、そしてベルクのコンチェルトかな..?!


コントラバスは移調したり、サクソフォーンは”これどっちが主役?“という難曲が多かった。

Conservatoire National Supérieur de Musique de Paris

 こんなに色々な楽器を同時に伴奏していると頭の柔軟性がないと切り替えられない。
試験シーズン以外にはクラス発表会が次から次へとあり..
舞台の上でしょっちゅう弾いていた..
 自分のソロ曲もいつでも弾けるようにしたいという気持ちもあり、
とにかく日曜日の午後は私にとってじっくりと色々な曲を練習できる時間だった。

パリ コンセルヴァトワール 1階は学生食堂

 その数日後、友達に”そういえば日本人の撮影らしきもの、コンセルヴァトワールで見たよ“と話すと、
”え!それのだめカンタービレの撮影よ、パリでロケやってるのよ。あら!知らなかった?“と。
”え、そうなの?”と私はポカン..

 自分の数十メートル先に有名な女優さんがいらしたとは全く認識せず無知だった私。
なんて呑気(笑)

パリ国立高等音楽院

 それからはのだめのアニメやドラマを動画で見まくり連日の夜更かしで寝不足になったこともあった。
のだめの千秋先輩に早く追いつきたい気持ち、彼の音楽的レベルまで自分も上りたい、そんな気持ちに妙に共感できた。

パリ国立高等音楽院 ライトアップがトリコロールのよう

 留学時代、今は楽しかった思い出ばかりだけど当時は試練の時もあった。落ち込んで悩み続けた時もあった。
でもその時には到底届きそうにもない夢、目標、憧れを持ち続けて努力していると明るい光のさす出口が見えてきたときがあった。
素晴らしい師匠との出会いもあった。

パリ国立高等音楽院 ホールへと続く階段

 学生時代、努力が報われた日、本当に涙が出るほどうれしかった日、それは伴奏科の卒業試験で満場一致の1等賞(プルミエプリ)をもらった日。
あの日のことは忘れない..
この審査員全員一致というのがフランスでは入試でも卒試でも、特別なご褒美で、そう簡単にはとれない名誉なことなのである。

オルガンホール Salle d’Orgue 伴奏科の卒試もここでした

 しかも伴奏科の卒試って、スコアリーディング、移調(シェーンベルク、ウェーベルン..!)、初見、指揮者と一緒のオケ中ピアノ、そして自由曲..
私はブーレーズ作曲、フルートとピアノのための “ソナチネ” という超難曲で挑んだ。

 “満場一致のプルミエ・プリ(1等賞)” で自分の名前を呼ばれた瞬間、信じられなかった。
このときの嬉しさは今でも覚えている
(卒業試験の成績発表は受験した学生たち皆が舞台上に並び成績トップから発表されていった..)。

Paris エッフェル塔


 そして応援に駆けつけてくれたフルートのお友達もまたすごく、心から喜んでくれた。
国際電話の向こうの母は思わず泣いていた。

 ”のだめカンタービレ”のパリ編は私にとっても特別な思い出が詰まっています。

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